小説 昼下がり 第三話 『夏の終り…蝉しぐれ』



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有限会社 エイトバッカス
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25-23-205
TEL/FAX
072-853-7930
代表者:木山 利男


 入口では用心棒だろうか、眼光鋭い黒人
数人が手を後ろに組み、他を威圧している。
 中に入ると、やけにホールが広い。人、人、
人でごった返している。
大きなミラーボール数十個が我が物顔で辺り
を照らしていた。
 老若男女問わず、人生を謳歌するが如く華
麗なステップで大ホール狭しと踊っている。
ホールを取り囲むように設置されたボックス
に、顔を突き合わせるように座った二人は
ジントニックを注文した。
 ホールでは楽団が奏(かな)でるバカでか
い音響が鳴り響いていた。
 「啓一さん、わたくしねー」、と美保は問
いかけたが、近くまで耳を寄せないと音響が
邪魔して聴こえない。
 啓一は美保の隣へ身体を移した。
 「これで大丈夫。聴こえるよ」
 美保はほっとしたのか、優しい顔付きに変
わった。
 「さっきのマスターね、わたくし二年前
からの知り合いなの。心が荒(すさ)んだと
きや、さみしいときに一人で行くの。
愚痴や悩みを聴いてくれるの。でも、何もな
いわ。信じて啓一さん」
 啓一は笑みをうかべ、美保の唇にそっと
人差し指を置いたー

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「踊ろうか?」
 ショパンのウィンナーワルツ「華麗なる大
円舞曲」が奏でられていた。
 啓一はさり気なく美保の手をとり、ホール
中央へと誘(さそ)った。
 彼女の苦しい胸の内に入り込むのは容易
(たやす)い。しかし、心底(しんてい)に
は誰も辿(たど)り着けない。啓一は彼女の
胸の苦しさを共有したい衝動に駆(か)られ
た。
 三拍子のワルツは正(まさ)に、人の心を
奪いとり、「天空」へと導く主神『ゼウス』
のようだった。
 そして夜は深(ふ)けていった。外は深々
(しんしん)と雪が降り続いていたー。
 ……ベッドの上にある小さな窓から射す、
朝陽がやけに眩しかった。
 小さなホテルの一室。
 朝のまどろみの中、啓一は美保の身体のぬ
くもりを感じていた。
 彼女はすでにいなかった。白いシーツに真
っ赤な血の痕跡が残っていた。
 枕元に一通のメモがあった。
 『ありがとう』と簡潔に、その一言が書か
れていた。
  何故、彼女が啓一を誘ったのかも、啓一
自身はおぼろげに理解していた。
 そのあとの記憶は薄らいでいた……。

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       (十六)
 ―「啓ちゃん、 あなた洗濯物はどうした
の、早く持って下りてらっしゃい!]
 白いエプロンで手を拭きながら、階下から
顔を出し、声をかける秋子の額には幾筋
(いくすじ)もの汗が滴(したた)り落ちて
いた。相も変わらずの命令口調に、啓一は、
いつもながらの心地よさを感じていた。
 啓一が洗濯物を持って食堂へ下りると、
秋子は洗濯の最中。
 「奥さん、手伝うよー」
 「いいわよ、その気もないのにー。却
(かえ)って邪魔になるわ。
 ロバートと山田さんの分もあるし、大変。
 あなたも知っている通り、一年前まで全部、
手洗いだったわ。洗濯板使ってー。洗濯機っ
て便利ね。楽になったわ」
 「ロバートと山田さんは?」
 「ロバートは教会で結婚式だってー。牧師
さんだからね。エーメンって言ってるわよ。
山田さんは大学の研修会って言っていたわ。
だってプロフェッサー(教授)でしょう。
君ちゃんは、小学校で生徒の点数付けですっ
てよ。みんな日曜日ぐらいゆっくりすればい
いのにー、ねぇ啓ちゃん!」
 ―外はまだ真夏の残像が残る九月の初旬
だった……。       ―次回に続くー

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